戻る コラム一覧 山写真紀行

★★ ネット広告 ★★ 2005年10月30日

 インターネットでウェブを開くと、わんさか広告が出てくる。見たいコンテンツより先に広告が出るので、待ち時間に否が応でもそれを見せられるのである。広告は益々エスカレートして、あらん限りのテクニックを使い、派手な色がチカチカしたり動き回ったりして忙しい。開く頻度の高いポータルサイトでは広告の数も多い。画面で広告の占める面積の方が大きいというのも珍しくない。横側に表示される広告が邪魔なので、ウインドウ幅を狭めて広告を隠そうとしたら、広告の幅は固定されたままで、肝心のコンテンツの表示幅が狭められて読みにくくなってしまった。個人の運営するサイトでも広告が増えた。広告を入れることにより小遣い稼ぎができるからだ。間違ってでも広告の上でクリックしたら、「そら来た」とばかりに広告主のサイトに連れていかれて「戻る」をクリックしても容易に戻してくれなかったりする。広告の無いサイトに入ると気分的にホッとする。
 インターネット利用人口が増えたために、インターネットの広告効果が高まり、インターネットは広告媒体としての位置づけが固まった。今や企業の広告宣伝にインターネット広告は不可欠の存在になっている。民間放送と同様に、見る側も広告があるからこそ無料で有益な情報を提供してもらえるのだと我慢せざるを得ないのである。
 インターネット広告はまだ始まってからあまり年数が経っていないので、規制も少なく、独自の秩序もない状態で、これからも色んな知恵を働かせて、少しでも宣伝効果を高めるように進化していくのであろう。その陰で悪い奴は悪知恵を働かせて「だまし」のテクニックを磨いていくものである。一方通行でなく、閲覧者の興味嗜好に合わせた宣伝、即反応するというインターネットならではの宣伝は、「こんなのが欲しかったんだ」というのを見つけられるという便利さがある反面、「悪の落とし穴」も潜んでいる。
 インターネットの世界は警察のいない無法地帯と言える。ちょっと脇道に迷い込むと身ぐるみ剥がされそうである。利用には高度な判断力を持って自己防衛で固めながらということになる。こんな世界に入り込む子供に対し、どんなインターネット教育がなされているのであろうか。教える立場の親や学校の先生の経験量が生徒以下というのでは、どうも心もとない気がしてならない。

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