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★★ 寿司屋の勘定 ★★ 2006年05月13日

 筆者がまだ若かった頃の話である。会社に入って2〜3年の頃、一人で福岡へ出張した。東海道新幹線が開通してあまり年数の経っていない頃であるから山陽新幹線なんて当然かけらも無い時代である。飛行機の運賃は高く、出張に飛行機を使うには制約が多かった時代であるが、列車で行くには時間がかかり過ぎるので「飛行機で行け」と言われた次第である。

 出張先での仕事が終わり、帰りの時間が丁度昼頃になり、福岡空港で昼食ということになった。どこで食べようかと迷ったのであるが、当時は今のような安いファーストフードの店は無く、空港という場所は高い航空運賃でも利用する金持ちが主体というような場所であった。一人でレストランのテーブルに座るのも何となく気が引けるし、・・ということで、探していると寿司屋が目に入った。寿司屋は日本の伝統的ファーストフード店であり、カウンターで気軽?に食事のできる店の形態であった。

 まだ人生経験の少なかった筆者は寿司屋の勘定がどんな方式か殆ど知らなかったのである。一人で気軽に入れそうな雰囲気から、ふらっと空港の寿司屋のカウンターに留まったのである。

「へい、いらっしゃい。」と威勢のいい声。
「何を握りましょう?」
・・・・・
目の前のケースに色々ネタが並んでいる。知っているネタもあれば、知らないネタもある。カウンターにはメニューは無い。値段なんてわからないがとりあえず、テレビの場面で観た記憶から
「とろ」
「いくら」
「うに」
と、思いつくままに知っているネタの名前を言って注文した。4〜5貫食っただろうか、腹いっぱい食ったわけではない。寿司は高いものだという概念は持っており、千円分くらいは食ったかなと思いつつ、
「おあいそ」
と、財布を出しながら言った。
「うーんと、五千六百円ね、ありがとうございます。」
伝票があるわけではない。注文の度に何かに書き留めた様子もない。暗算で足し算するにしても答えがあまりにも早すぎる。何よりも高すぎる!!!。
40年前、当時の給与レベル、物価レベルで考えていただきたい。大卒初任給2万5千円、ラーメン50円の時代である。

 一瞬頭がクラッとなった。根が貧乏性でケチの筆者である。何でそんなに高いんや?それじゃ一貫千円以上してるやんか?一体何がなんぼで、どんな計算になっとるんや?と口には出せず、頭の中で疑問が駆け巡った。

 支払い拒否できるわけでもなく、平静をつくろって、言われたまま支払って店を出た。帰りの飛行機の中から、会社に帰って、4畳半のアパートに帰って、寝た後までも、「何で、そんなに早く暗算ができるのか、あれは適当に感覚で値段を決めているのではないか、それにしても高すぎる」との疑問が頭の中を駆け巡り通したのであった。出張費の精算は当然大赤字であった。

 こんなことがあって以来、筆者は寿司屋のカウンターに座ったことはない。寿司屋に入ることがあっても、必ずテーブル席に座り、メニューで金額の出ているものしか注文しないようになってしまった。

 世間一般でも寿司屋の勘定について疑問を呈している人が多いことも後で判った。食ったものを自分でメモし、単価を確認して計算したら、ぴったりにならなかったという報告もあった。(ぴったりではないが、近い線ではあるらしい)結局、おやじは長年の経験で勘で勘定を決めているようであった。当たらずとも外れずである。字を見ると『勘定』とは『勘』で『定める』と書く。

 寿司屋の勘定は伝統的なやり方であれで良かったのであろう。当時の若造の筆者がすし屋のカウンターで、ネタの相場も知らずに「とろ」や「いくら」「うに」と知っているネタの名前を並べたのが間違いであったのである。高い授業料であった。当時の思いは40年近く経った今でもはっきり覚えており、相当なショックであったのであろう。

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