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★電柱と景観★ 2002年11月10日

 先日、富士山周辺へ行ってきた。高速河口湖インターを出て、西湖方向へ走ったのであるが、途中富士山がきれいに見える所で車を停めて写真を撮ろうとしたら、何とどこからも醜い電柱や電線が入ってしまい写真が台無しになってしまった。こんな観光地なのになぜ?と辺りを見回したら道路の両側には電柱があり、何本もの電線があるではないか。電線は電力用だけではない。電話線、ケーブルテレビ、光ファイバー、ありとあらゆるケーブルがはられている。整然と張られておればまだよいが、方向はまちまち、道路沿いのもの、道路を横断するもの、斜めのもの、電柱も直立とは限らず、少し傾いたものなど。私の子供の頃(昭和20年代)はまだ電柱も木製で電線も2〜3本で趣があったが、今の電柱はコンクリート製で何十本もの電線があり不気味である。
 電柱の林立する中で生活してきた日本人は視野に電柱や電線があるのは当たり前という感覚があり、景色を見る時も頭の中で電柱や電線を無視しているのではないでしょうか。そのため、写真を撮った結果を見て「え!こんなところに電線が」と気が付いてがっかりするのである。

 甥の結婚式で東京から新幹線で新神戸に向かった。熱海を過ぎて富士山が見えた。デジカメを持っていたので撮ってみた。ところが、どこでシャッターを切っても連写状態で数十枚撮ったが、ほとんどすべてに電柱や電線、高圧鉄塔が入っていた。その後、車窓から景色を見ていたら、高圧線の鉄塔が見えない場所はほとんど無い。平地は勿論、山の上にも鉄塔が並んでいる。

 自然を大切にとか、景観を重視と言われているが、景観を大切にするはずの観光地でもこの状態である。「電線の地中化」が叫ばれて久しいが、大都市の主要道路で共通溝が掘られて少しずつ電柱が無くなってきてはいるが、なかなか進んでいない。自然や景観の重要な観光地を先に進めるべきではないか。ヨーロッパを旅したことのある方は街でも郊外でも景観の美しさに感銘したと思いますが、電柱や電線は昔から無かったのです。文化の違いかも知れないが景観よりも経済の発展を優先してきたとは言え、日本人の景観に対する感覚はこんなにも劣っていたのだろうか。

 公共投資で無駄な景観を害するダムや道路を造るのが問題視され始めたが、その公共投資を電柱の地中化に振り向けたらどうだろうか。電柱は通行の邪魔にもなり、交通事故の原因にもなっている。景観が良くなればもっと海外の観光客も呼び寄せられるのではないか。

自宅窓から夕焼けを撮った。電線が邪魔して写真にならない。 パソコンで編集して電線を無くしてみた。微妙なグラデーションがあるのできれいな編集はできなかったが、すっきりした景観になる。
近くの公園から富士山の夕日を撮ったが高圧線鉄塔が邪魔 目立つ鉄塔と電線を除去。それでもまだ遠くに邪魔な電柱や電線がある。

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